私は天使なんかじゃない







故郷に帰ろう





  誰にでも故郷はある。
  とはいえ戻れるかどうかはまた別な話。





  キャピタル・ウェイストランドに響く陽気な声。
  ギャラクシーニュースラジオ。
  DJはお馴染みスリードッグ。

  『リスナーの諸君、要塞での会談は終わったぜ』
  『何を話し合ったかって?』
  『エルダー・リオンズの養毛剤の話だっ!』
  『ははは。何てな。今起きている事件のことだ。色々と複雑で絡み合っていて、現状では何とも言えない。隠してるわけじゃないぜ? 憶測だから、不安と混乱を生むだけだからだ』
  『今俺が言えるのは節度を持って真面目に生きてほしい、それだけだ』
  『君子は危うきに近寄らずってね』
  『要は規律、そう、規律だ。自分を律する生き方をするんだ。そうすりゃ厄介に巻き込まれることはない。簡単だろ?』
  『おおっと、ここで臨時ニュースだ。こいつは要塞で聞いた確定事項だぜ。テンペニータワーを知っているな? 金持ちの街だ。エンクレイブが制圧して金持ちはいなくなり、エンクレイブが
  撤退してからはグール達が住んでいたんだが、そいつらが全滅したらしい。現在調査中だが詳しい情報が分かったら追って連絡するぜ?』
  『聞いてくれて感謝するぜ。俺はスリードッグ、いやっほぉーっ! こちらはキャピタル・ウェイストランド解放放送、ギャラクシーニュースラジオだ。どんな辛い真実でも君にお伝えするぜ?』
  『さて、ここで曲を流そう。曲はWay Back Home』



  Way Back Home。
  歌詞。


  『道はホコリだらけで、風は吹き荒れ、門は錆び付き、配管は凍りつく』
  『歌は元気一杯さ、俺の頼れる友人たちだ』
  『もう故郷に帰ろう』
  『帰ろう』
  『木々は松脂だらけで、日中は寝ぼけ、吠えまくる犬に、生意気な近所のガキども』
  『ジョークは最高さ、俺の幸せな仲間たちだ』
  『もう故郷に帰ろう』
  『なんで家を飛び出して来たのか分からなくなったよ、正直に言おう』
  『俺は疲れきった流れ者、一人ぼっちの歌を歌っている』
  『草が生い茂り、蜂は針するどく、鳥は素早く、ベルは鳴り響く』
  『心臓は?』
  『心臓はちゃんと鳴っている』
  『腕は?』
  『腕ならしっかりくっついてる』
  『故郷へ帰ろう』


  『太陽はどんな感じ?』
  『太陽は燦々と輝き』
  『じゃあ大地は?』
  『大地は花が咲き乱れ』
  『じゃあ牛は?』
  『牛はもりもり草を食べ』
  『じゃあ農夫は?』
  『農夫達はえらくのんびりしている。少年たちはとても賢く少女たちはとても可愛い』
  『故郷へ帰ろう』


  『豚は元気にブーブー』
  『フクロウも元気にホーホー』
  『田畑はいつも豊作』
  『流れ星がよく見える』
  『笑うととても愉快』
  『笑顔はまさに太陽』
  『故郷へ帰ろう』


  『なんで家を飛び出して来たのか分からなくなったよ、正直に言おう』
  『俺は疲れきった流れ者、一人ぼっちの歌を歌っている』
  『料理は盛り沢山で、ワインも酔い潰れるほどある、よく気の利く仲間たちに、女たちは選び放題』
  『愛は最も強い、人生は愛に溢れている、帰ろう、帰ろう、故郷へ帰ろう』
  『代え難き故郷へ』
  『我が愛しき故郷へ





  視界には何も映らない。
  体が重い。
  まるで鉛のようだ。
  鉛のようになった体がどんな状況かすら分からない。意識はあやふやで、上下の感覚はなく、まるで無重力にいるようだ。心だけ、無重力を漂っている。
  耳の奥に陽気なような、もの悲しさを秘めたような歌声が響いてくる。
  故郷へ帰ろう、か。
  最高にクールなワルである俺様には軟弱な言葉だが、心惹かれないわけではない。
  俺は、ブッチ様は故郷を飛び出た。
  ボルト101の狭さに耐えかね、自由を夢見て、外に出た。
  後悔はない。
  出てよかったと思っている。
  ここでしか出来ない体験は多い。

  カチャカチャ。

  何か金属を動かす音が聞こえる。
  何の音だ?
  声を聞こえてくる。
  複数の声だ。

  「スティムパックは打ったが血を流し過ぎて何とも言えんな。ええい煩わしいから泣き叫ぶな。輸血している。大事ない、お前らはとりあえず静かにすること専念しろ」
  「兄貴ーっ! 兄貴ーっ!」
  「ごめんなさい私の家族のせいでこんなことにっ!」

  撃たれた?
  撃たれたって?
  ……。
  ……ああ、そうか。
  俺は撃たれたんだったな。
  赤い帽子をかぶったボルトセキュリティーアーマーの男に。ただ、あいつはセキュリティじゃない。恰好はそうだったけどよ。少なくとも、俺が出る前まではそうじゃなかった。
  俺は奴を知ってる。
  アラン・マック。
  マック家の家長でボルト至上主義者。スージーやワリーの親父。至上主義なのは構わんが……これは奴の主義の一環なのか?
  取引ついでに俺を殺しに来た?
  どうだろうな。
  用意周到過ぎんだろ。
  部下たちを優等生の家に突撃させたとかいうことも意識が飛ぶ前に言ってたしな、最初から計画的だったと見る気か。引きつれてた他のセキュリティは抱き込んだ後なんだろうな。
  くそ。
  ボルト101で何かが起きてる。
  内乱か?
  ありえるな。
  アマタは外との交流を模索してる。エンクレイブ襲来時にメガトンの住民を避難させたのもその一環だろう。今、ボルトの住民は外の人間を知っている、少なくとも前に襲撃してきたレイダー
  どもが外の人間の総意ではないことに気付き始めている。ボルト至上主義者たちはその流れを潰したいだろうよ。
  優等生はあいにくルックアウトに行っててウェイストランドにはいないが、優等生暗殺は狙いとはして悪くないだろ。やってることの是非はともかくとしてな。
  あいつの存在が全てを結び付けてる。
  ボルトとメガトンだけではなく他の街も、人々も。
  繋がりはまだ強固じゃない。
  優等生という繋がりがなくなれば簡単に綻ぶ。
  アラン・マックたちがそこまで画策しているとは思わない、奴らの願いはボルトの隔離だけだろうけど、優等生がいなくなればエンクレイブに簡単に粉砕されだろうな。
  で俺様は何で襲われたんだ?
  ついでか?
  くそ、舐めやがってっ!



  スーパーウルトラマーケット付近。昼頃。
  ウィルヘルム埠頭方面から来た1人の旅人がスーパーウルトラマーケットに続く道端に座り、休息を取っていた。道路は当然流れ全面核戦争後のままで修復されず、現在はそこに道路
  があった、と認識できる程度の残骸。座り、休息している旅人は荷物を放り出し、被っていたフードを外し、顔に巻いていた布切れを外していた。
  女だ。
  年の頃は二十代の、赤をメインとした金髪とのメッシュの髪色。
  ブッチ・デロリアに以前レディ・スコルピオンと名乗った女性。
  スーパーウルトラマーケットまではあと2キロにも満たないものの、女性は無理せずに休息中。
  最近世情が物騒になりつつある。
  ……。
  ……いや。
  正確には元々世情は不安定だった。
  赤毛の冒険者が現れたことにより悪党どもは一掃され、人々はまとまり、新たな世情が生まれつつある。とはいえ新しいものが常に正しいとは限らい。新しい犯罪や不安定も当然作られる。
  安定と不安定が適度に混ざり合って、日常になるにはまだ時間が必要だ。とはいえ女はキャピタル・ウェイストランドの以前の姿を知っているわけではない。
  西海岸から来た旅人だった。
  最近、そういう者は多い。
  キャピタルに留まらなかったものの、ここを通り、ルックアウトに向かったヴァン・グラフ・ファミリー。
  運び屋と呼ばれる者たちやキャラバンも物資を持ち込み、少数ではあるが西海岸の武器などが出回っている。
  「またあなた? 何か用?」
  「特に用はないけど、その、何だ、顔見知りいないからな。何となく見掛けたから近寄っただけだ」
  「興味ない」
  女はそっけなく答えた。
  男の名はベンジャミン・モントゴメリー軍曹。
  自称、200年前のアンカレッジの戦いの時代に宇宙人に誘拐され、冷凍漬けにされ、最近になって戦後の世界に帰還した者。経歴はエリートで構成されたアメリカ合衆国パラシュート部隊で
  戦果を挙げ、後にパターソン突撃攻撃部隊の副官に抜擢された。現在は生きる意味を求め、手持ちの戦前の代物を売って日々生活している。
  戦前の代物と言ってもライターなどの小物だがこの時代では希少であり質が良いので高額で売れる。
  お蔭でベンジャミンは食うに困らない。
  とはいえいつまでも今のままではいられないので、新しい生き方を模索している。
  「あんた、この辺りをうろうろしてるのか?」
  「答える義務が?」
  「……すまんな。ホームシックなんだ。誰かと話したいだけなんだよ、他意はない。アメリカはどうなっちまったんだよ、本当に」
  「何を求めてる? あたしに一体何を?」
  「愚痴りたいだけだ。すまなかったな」
  「故郷に帰ればいい」
  「誰にだって故郷はあるさ。だけど、帰れるかどうかは別物だろ」
  「……」
  「どうした?」
  「……NCRのベテランレンジャー部隊、追って来たのか……?」
  「はあ?」
  女はフードを被り、顔に布を巻く手間も惜しむように荷物を持って走り去った。
  取り残される軍曹。
  「NCRって何だ?」
  女が見ていた方を見る。
  3人歩いてくる。
  異様な風体だった。
  コンバットヘルメットと一体化した、両目の部分が真紅のグラス仕様のガスマスク。戦前のアメリカ軍が特別仕様として開発したコンバットアーマーを装着している。コンバットアーマーは基本的
  に胴体だけを護る代物なので下半身部分の武装はない。3人組はおそらくジャンクで組み立てたであろう、鉄製の下部アーマーを身に着けていた。
  露出している部分どこもはない。
  その3人組はAK-47を手にしベンジャミンの目の前を通り過ぎた。通り過ぎる時にちらりと一瞥したがそれだけだった。
  腰のホルスターにはトカレフ。
  ベンジャミンにはNCR(西海岸にある大国、新カルフォルニア共和国の通称)が何かは分からないし今の3人組が何なのかは分からない。ただ、3人組が装備している防具が何かは知っていた。
  パワーアーマーが実用化されたものの、局地的な戦場では適さなかった為、開発されたのがあの装備だった。
  戦前、一般的にライオット装備と呼ばれた代物だ。
  通常のコンバットアーマーよりも強靭で動き易いように基本設計されている。これは、ベンジャミンは知らないが、全面核戦争直前には中国側に扇動されて暴動された国民の暴動を鎮圧するため
  にこのライオット装備が警察に払い下げられ、本来護るべき国民を制圧するべく使われていた。
  足を護るための下部パーツを付属することで若干の改造を施されているが今の3人組はそんなライオット装備をしていた。
  「あの女を追ってるのか?」
  しばらく考え、肩を竦めた。
  「今の世界はよく分からん」

  

  メガトン。診療所。
  「よお」
  俺はゆっくりと目を開けた。
  起き上がろうとするがDrに止められる。右腕にはチューブが付いていて、そこには真紅の液体が俺の体の中に流れ込んでいる。
  血液パックだ。
  「兄貴っ!」
  「よお」
  実のところ随分前から目が覚めていた。とはいえ照れ臭いものがあったからな、死んでから生き返るの。
  スージーがさっき様子を見に来たビリー・クリールに宿に送られたので起きたってわけだ。
  湿っぽいのは苦手だぜ。
  「意識が戻ったんなら安心だな。飯を食ってくる」
  「助けてくれてありがとよ、Dr」
  「医者だからな」
  「他に患者はいないのかい?」
  「今日はお前さんの貸し切りだよ。なんてな。忙しい時に運び込まれなくてよかったよ。かなり危なかった」
  「……マジか」
  マック家めぇーっ!
  「だが、まあ、意識が戻ったなら安心だ。スティムパックで傷は全て塞いだし貫通せずに体内に残ってた弾が2発ほどあったが摘出は完了した。だがまだ退院ではないぞ。
  少なくとも、そうだな、今日はここに泊まって行け。血が足りん。お前さんに必要なのは休息と輸血だ。良いな」
  「ああ。ありがとうな」
  「じゃあな」
  俺は改めてDrに礼を言い、それから目を瞑った。
  部屋には俺とトロイだけだ。
  「兄貴、辛いんですか? その、体」
  「体は大したことねぇよ」
  「よかったぁ」
  「それであれから何が……」

  「ビリー来てなかった? ノヴァさんに聞いたらここに来たって」

  「よお、マギー」
  ビリー・クリールの娘マギー。
  玉に銃の撃ち方を教えてやったりしてるからわりと懐かれてる。
  「ブッチ? 何で寝てるの?」
  「貧血だ」
  「ふぅん? ワルなのに?」
  「悪いがワルが貧血になってはいけないという法律はない」
  「あははは」
  「ビリーは宿に行ったぜ」
  相部屋の雑魚寝部屋な宿もあるが、まさかそこには連れて行かないだろう。
  「ノヴァ&ゴブだな。入れ違いじゃないか?」
  「たぶん」
  「最近物騒だから気を付けてな」
  「うん、バイバイ」
  「またな」
  可愛いお客さんは退場。
  あの子、マギーは良い子なんだが……特に他意はない、というか全くないが……あんまり親しくするとビリーが撃鉄起こすからなぁ。
  過保護過ぎんだろ。
  まあいい。
  話を少し前に戻そう。
  「トロイ、俺様が撃たれてから何があった?」
  「銃声がした後、その、ボルトの兵隊が店の中に入ってきて」
  「ちっ」
  やっぱりセキュリティ抱き込んでの計画か。
  だけど何でだ?
  何でこんなことする?
  「あの怖い傭兵さんが1人撃ったんですけど、その、殺したんですけど、直後に二階から兄貴の友達と帽子の奴が降りてきて、店から出て行きました。ゴブさんはショットガン持ち出して
  ましたけど相手の方が多くて動けなくて。ノヴァさんとシルバーさんは奥で休憩中でしたし、お客さんも無事でした。あっ、ケリィさんは寝てました。今も寝てます」
  「寝過ぎだろ、あのおっさん。それで?」
  「兄貴を抱えてここまで来ました」
  「お前がか?」
  「ええ。それが?」
  「意外に力あるな、お前」
  「いやー、結構引き摺ってましたから、力はないと思いますよ、平均的だと思います」
  「ふぅん。まあ、お前もトンネルスネークなんだから、ワルを磨けよ。せっかく斬れそうな刀持ってるんだしよ」
  「ぜ、善処します」
  「それで街の様子は?」
  「連中、ミスティさんの家に突入したみたいです。僕は見てないんですけど、結構荒らされたって。ミスティさんのMr.ハンディが壊されたみたいです」
  「そうか」
  スージーは本当にただ付いてきただけなのか。
  それともワリーが俺を油断させるために来たように、スージーはミスティ担当か?
  いやいや。
  それはないか。
  スージーとミスティは特に親しいわけじゃなかったし、スージーがミスティを油断させ、セキュリティを手引きしようにもミスティは今いない。そう考えるとセキュリティたちは手引きがない
  状態で、ミステイがいないことを知らない状態で雪崩れ込んだんだろう。で八つ当たりでロボを壊したっと。
  ……。
  ……あれ?
  そういえばMr.アンディの修理の為とか言ってたな。
  修理となるとモイラの店に持ち込んだんだろう。スージーは多分何も知らないし、かなり取り乱してた。今は話題は振りたくない。
  「トロイ」
  「はい、兄貴」
  「クレーター・サイド雑貨店に行ってくれるか? そこでボルト101から持ち込まれたMr.アンディがあるかどうか聞いてきてくれ」
  「Mr.アン……」
  「Mr.ハンディってロボットのシリーズ知ってるだろ? そいつだよ、そいつ。Mr.アンディってのはボルトで付けた名前だ。シリーズ名と名前が似通ってて紛らわしいけどよ」
  「いたら、どうしたら?」
  「話が聞けるようなら連れてきてくれ。悪いが、俺は動けないから、頼むわ」
  「任せてください、兄貴」
  「おう」
  出ていくトロイを見送って、俺は思う。
  帰るべきかってな。
  スージーがスージーの親父たちを拒否して居残ったのか、置いて行かれたのかは知らないが、スージーをボルトに送り届けなきゃならねぇ。
  憶測だがあの連中はボルトには戻らない。
  少なくとも、まだ、な。
  何が目的かは知らないけど、部下を置き去りはするかもだが、襲撃部隊仕切ってるアラン・マックの娘を置いてボルトには戻らないだろ。置き去りにはしてるけど荒野に捨てて行った
  わけでもないし、一定の肉親としての情はあると見ていい。もっとも肉親ではない俺やミスティには何の情もないのだろうけどよ。
  俺は殺せたと思っているにしても、ミスティは不在だった。
  そう。
  だから戻りはしないだろ。
  アラン・マックが監督官ならともかく、監督官はアマタだ。何度も何度もアランたちを外に取引の為に出すとは思えない。外に出れるチャンスは限られてる。となると今回襲撃部隊が何人いるの
  かは知らないが大勢引率してきた今回を奴らは絶好の機会と考えるだろうな。戻るとしたらミスティを殺してからだ。
  動機は知らんがワリーはミスティをボルトの平穏を破った悪魔と言ってた。
  おそらく殺すことで外との繋がりを壊して、隔離されたボルトで永遠に日常が続く夢が見たいんだろう。俺様から言わせれば悪夢でしかないんだけどな、そんな生活。
  くそ。
  それにしてもアマタの立ち位置が分からねぇ。
  「手酷くやられたみたいだな、ブッチ」
  「見舞いかい? ケリィ」
  「そんなもんだ」
  ジェファーソン記念館では格好良かったんだが、今じゃかなり腹が出てる。
  いつもボルト101の脱走者。
  もっとも優等生の親父さんが飛び出す数年前に脱走したおっさんで、俺や優等生はボルト時代のこいつを知らないけど、向こうは見知っていたらしい。
  まあ、ボルトの住人は全員家族状態だからおかしくはないけど。
  「アランに撃たれたって?」
  「そいつ知ってんのか」
  「まあな」
  「おっさん酔い潰れてたから見てないだろ。スージーに聞いたのか?」
  「ああ」
  「ジェリコって奴はどうしたんだ?」
  「あー、ゴブもそんなこと言ってたな。俺あの時完全に寝てたから知らん。お前さんが運び出された後に姿を消したとゴブが言ってたよ」
  「今回の一件、どう思う? あいつら優等生のことを、ボルトの平穏を破った悪魔とか呼んでたんだが……」
  「そうだな」
  しばらくおっさんは考える。
  「外に出ても仲介してくれる奴がいなきゃ立ち行かないからな。メガトンと幾ら関係が良好とはいえ、ミスティがいるいないとでは安心性が全然違う。実際ミスティは頼まれたら嫌な顔一つせずに
  骨を折るだろうよ。そういう人物を殺すことでボルトを永遠の隔離にしたいのだろう。お前さんは、まあ、ついでだな」
  「……やっぱりか?」
  「わざわざ殺すメリットはなさそうだしな」
  「くそっ!」
  ふざけやがって俺様を安く見やがってっ!
  「それにしても分からんのが今回の遠征隊の行動だ。動機は分かる。目的もな。ただ、分からんのが、何だってボルト至上主義ばかりを今回の遠征に投入したかってことだ。スージーとは多少
  話したが、あの娘は白だな。外を見たいが為に出て来たようなものだ。とはいえわざわざアランが連れてきたのは……」
  「優等生を油断させる為か?」
  「だろうな。あいつがキャピタルにいたら、そうつもりだったんだろう。だがあいにくあいつは今いないわけだが」
  「なあ、おっさん」
  「おじさんと呼べ、せめておじさんと」
  「おっさん」
  「……まあ、いい。この礼儀知らずめ。年上を敬え年上を。それで、何だ?」
  「これボルトは承知で送り込んできたのか?」
  アマタが監督官だ。
  ありえないと思うが……。
  「かもな」
  「くそ」
  「スージー以外ボルト至上主義だからな。いくら今回の指揮官に任命されたとはいえ、監督官の意向に背く命令をセキュリティも受けないだろうからな。1人2人ならともかく全員今回の
  行動に何の抵抗もなく行動してた。こいつはボルトも絡んでる、そう見るのが妥当だろうな。アランたちを送れば厄介を起こすのは分かってたはずだ」
  「何やってんだ、アマタは」

  「Drはいないか?」

  外部との扉が開き、黒髪の男が入って来る。
  レギュレーターのコートに44マグナム、カウボーイハット。レギュレーターのアッシュだ。この街にソノラに派遣されて現在駐留している男。
  何人街に入り込んでいるのかは知らん。
  俺が知る限りでは、市長のルーカス・シムズ、マギーの親のビリー・クリール、そしてアッシュの3人だけだ。
  「ブッチ、Drはいないか?」
  「入れ違いだな。酒場に行ったよ、飯食いに」
  「ビリー・クリールは?」
  「そいつも入れ違いだ」
  「そうか」
  「ボルト絡みで何か分かったのか?」
  「何名か生け捕りにしたらしい、正確には知らん。そっちは保安官助手たちが受け持ってる。別段こちらの指揮系統とは関係ないから情報は共有していない。向こうに聞いてくれ」
  「じゃああんたは別件でDr探してるのか、何かあったのか?」
  「水だ。水を飲んで死んだ奴がいる。旅人なんだが水を飲んで死んだらしい。人手不足のようだし、ソノラに言われてるしな、手伝わないわけにはいかん」
  「ご苦労さまだぜ、マジで」
  とうとうここにもFEV入りがきたのかっ!
  「成分はよく分からないが今までの事件とは若干異なる。何やら妙なウイルスが混入しているのかは知らん、調べなければな。ただ、持ってたガイガーカウンターが反応した」
  「放射能入りってことか? アクアピューラではないのか?」
  「ペットボトルのラベルはなかったから確認のしようがない。ただ、アクアピューラは放射能を除去した代物だからな、別件なのかもしれない」
  「別件」
  おいおい。
  まだ妙な事件のストックが増えるのかよ。
  勘弁してほしいぜ。
  おっさんが横から口を挟む。
  「内部被爆で死んだってことか?」
  「そうなる。かなりの高濃度の放射能だ。グールになりかけてた。……ルーカス・シムズが警備兵を護衛に引き連れて要塞に行って手薄な時に、厄介なことだ」
  「本当にご苦労さまだぜ。目星は付いているのかい?」
  「事件のか? 何とも言えん。聖なる光修道院が怪しいと睨んではいるが内偵は難しい。信者になるには修行が必要だが、修業期間がかなり長いから、すぐには内偵できない」
  「何だそりゃ? 修道院?」
  そんなのがあるのか。
  「廃墟の街スプリングベールにできた新興宗教さ。元々はここのチルドレン・アトムとかいう団体だった連中だ。マザー・キュリー3世という奴が立ち上げたるカルトだよ」
  「あー」
  贖罪神父の率いてた団体の後継連中か。
  今じゃあの神父はただの酔い潰れだけどよ。
  「危険な団体なのか?」
  「どうだろうな。ルーカス・シムズが前にビリー・クリールと一緒に交流という名目で修道院に入ったが別におかしなことはなかったらしい。余計な話をしたな、俺は行く」
  「ああ。またな」
  色々とごたごたが増えてるような気がする。
  面倒だぜ。
  アッシュが去ってからおっさんは口を開いた。
  「ブッチ、どうする?」
  「どうするって?」
  「里帰りしてみるか、何が起きているのか確かめる為にも、スージーを送る為にもな」
  「そうだな」
  故郷に帰るか。



  メガトン。
  クレーターサイド雑貨店。店内。
  「あらぁ。久し振りね、トロイ」
  「ご無沙汰してます」
  ジャンプスーツを着た店主のモイラ・ブラウンが赤毛をかき上げながら二階から降りてきた。壁にもたれ掛っている傭兵はモイラの顔を見て、モイラが頷くと店の奥に消えた。
  トロイが威圧感を苦手と知っての配慮。
  既に馴染の顔であるトロイにわざわざ警戒は必要ないと判断してのことだった。
  店には相変わらずジャンク品が転がっている。
  ここ最近はサバイバルガイド作成の為に開店休業状態だったのもあり客はいない。
  「あー、ブッチに服を取り行けって言われたの? 来てるわよ、女物の服」
  「別件ですけど、頂いていきます。お幾らですか?」
  「先に貰ってるからいいのよ。それで、あなたがこれを着るの?」
  「あ、兄貴がそれを望むなら」
  「……顔を赤らめてるのは何で? まあ、献身的な行いよね。その、色んな意味で。さて、その様子だと別の用事ってことね。何か用なの?」
  「ロボット来てません?」
  「ロボット? あー、あれのこと? ブッチがこの間来た時に見たのかしら。買って来いって? ちょっと待ってね」
  モイラはカウンターの裏に行き、球状のロボットを転がしてくる。
  しかしそれはMr.ハンディ型ではなかった。
  それは……。
  「エンクレイブのアイボット……のようなもの。西海岸の運び屋が持ち込んだのよ。この近辺飛びまわってるアイボットとはちょっとバージョンが違うみたいね」
  アイボット。
  エンクレイブが情報収集とエンクレイプラジオというプロパガンダの為に各地に投入した飛行型ロボット。
  レーザー兵器を搭載しているものの威力はプロテクトロンよりも低い。
  先の戦いでエンクレイブ撤退後はほとんど姿を消している。一緒に撤退したのか、エンクレイブに反感を持ち者たちに撃ち落されているのか。
  トロイの目の前にあるものは若干フォルムが違った。
  薄汚れているし、錆びているし、車のナンバープレートのようなもので補修されていたりしている。
  「ED-E?」
  プレートには記されている。
  「フライングアイポッドの類ですか、これ」
  「私はよく分からないわ。初めて見るもの。知っているの?」
  「僕、前は西海岸にいましたから知ってます。あー、でも、ちょっとタイプが違うかな。触ってもいいですか? ……これ、二重アーマー構造ですね。武装も特注品なのかも」
  「ふぅん。そっち方面の知識があるのね。気が合いそうだわー。科学者仲間よね、私達」
  「これ動くんですか?」
  「壊れてるのよ実は。結構なテクノロジーの塊だし、直すにしてもばらすにしても価値があるとは思うんだけど、時間ないのよね。ミスティが帰るまでにサバイバルガイドを完成
  させたいのよ。驚くでしょうね、ミスティ。だから今は直してる暇はないのよ。壊れてるし欲しいなら安くしとくわよ」
  「うーん」
  トロイはED-Eを手で触り、軽く叩き、機体の様子を調べている。
  「質のいい廃棄部品3つ、センサーモジュール2つ、廃電子機器1つも売ってください。直せそうです」
  「いいわねー、あなた本当に科学者なのねー」
  「あ、ありがとうございます」
  「全部で、そうね、1000キャップでいいわ」
  「今は持ち合わせないんで後で届けます。だから他の人に売らないでおいてくださいね。それで、本題なんですけど」
  「本題? これを買いに来たんじゃないの?」
  「Mr.ハンディ型のロボットなんですけど」
  「ミスティのワッズワースのこと? ボルトの連中にハチの巣にされたけど機体としては何とかなるわ。でも人格データが焼き切れてるから、入れ替えないと駄目ね。問題はこの時代に
  人格データが容易には手に入らないってこと。ビリーが修理してくれって持ってきたけど、まっさらなデータチップはあるんだけど、困ったなぁ」
  「ボルトのMr.ハンディは預かってません?」
  「それは知らないわ」
  「そうですか」
  「それで? こいつを直すのよね、あなたのボディガードにするの?」
  「トンネルスネークの一員ですよ、モイラさん。兄貴喜ぶだろうなぁ」
  「あなたって本当に、何というか人畜無害な性格なのね。西海岸からは何しに来たの? 観光?」
  「逃げてきました。それだけです」